【人を動かす三原則】 世界で1500万冊売れたD・カーネギーの名著から

人を動かす三原則

①批判も非難もしない。苦情も言わない。
②率直で、誠実な評価を与える。
③強い欲求を起こさせる。

批判も非難もしない。苦情も言わない。


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人間はたとえ自分がどんなにまちがっていても決して自分が悪いとは思いたがらないものだ。

「他人のあら探しは、なんの役にも立たない。相手は、すぐさま防衛体制をしいて、なんとか自分を正当化しようとするだろう。それに、自尊心を傷つけられた相手は、結局、反抗心をおこすことになり、まことに危険である」

他人の欠点を直してやろうという気持ちは、たしかに立派であり賞賛に価する。だが、どうしてまず自分の欠点を改めようとしないのだろう?他人を矯正するよりも、自分を直すほうがよほど得であり、危険も少ない。

そもそも、相手のまちがいを、なんのために指摘するのだ――相手の同意を得るために?とんでもない!相手は、自分の知能、判断、誇り、自尊心に平手打ちをくらわされているのだ。当然、打ち返してくる。考えを変えようなどと思うわけがない。どれだけプラトンやカントの論理を問いて聞かせても相手の意見は変わらない――傷つけられたのは、論理ではなく、感情なのだから。

「人を非難するかわりに、相手を理解するように努めようではないか。 どういうわけで、相手がそんなことをしでかすに至ったか、よく考えてみようではないか。そのほうがよほど得策でもあり、また、おもしろくもある。 そうすれば、同情、寛容、好意も、おのずと生れ出てくる」

率直で、誠実な評価を与える。


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人を動かす秘訣は、この世に、ただひとつしかない。この事実に気づいている人は、はなはだ少ないように思われる。 しかし、人を動かす秘訣は、まちがいなく、ひとつしかないのである。すなわち、みずから動きたくなる気持ちを起こさせること

二十世紀の偉大な心理学者ジムトン・フロイトによると、人間のあらゆる行動は、ふたつの動機から発するーーすなわち、性の衝動と、偉くなりたいという願望とがこれである。アメリカの第一流の哲学者であり教育家でもあるジョン・デューイ教授も、同様のことを、少しことばをかえていいあらわしている。つまり、人間の持つもっとも根強い衝動は、“重要人物たらんとする欲求”だというのである。
(中略)
“自己重要感”がそれで、フロイトのいう、“偉くなりたいという願望”であり、デューイの“重要人物たらんとする欲求”である。

「自己の重要感を満足させる方法は、人それぞれに違っており、その方法を聞けば、その人物がどういう人間であるかがわかる。自己の重要感を満足させる方法によって、その人間の性格が決まるのである。」

人間は例外なく他人から評価を受けたいと強く望んでいるのだ。この事実を、決して忘れてはならない。深い思いやりから出る感謝のことばをふりまきながら日々をすごすーーこれが、友をつくり、人を動かす秘訣である。

お世辞と感嘆のことばとは、どうちがうか?答えは、簡単である。後者は真実であり、前者は真実ではない。後者は心から出るが、前者は口から出る。後者は没我的で、前者は利己的である。後者はだれからも喜ばれ、前者はだれからも嫌われる。

「どんな人間でも、何かの点で、わたしよりもすぐれているーーわたしの学ぶべきものを持っているという点で」

自分の長所、欲求を忘れて、他人の長所を考えようではないか。そうすれば、お世辞などはまったく無用になる。

強い欲求を起こさせる。


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人を動かす唯一の方歩は、その人の好むものを問題にし、それを手に入れる方法を教えてやることだ。 これを忘れては、人を動かすことはおぼつかない。たとえば、自分のむすこにたばこを吸わせたくないと思えば、説教はいけない。自分の希望を述べることもいけない。たばこを吸うものは野球の選手になりたくてもなれず、百メートル競走に勝ちたくても勝てないということを説明していやるのだ。

私はイチゴが好きだが、魚はどういう訳かミミズが好きだ。私は魚釣りをやるとき、自分の好物のことは考えず、魚の好物のことを考える。イチゴを餌に使わず、ミミズを針に付ける。人を釣る場合(人を動かす時)も、この魚釣りの常識を利用していいわけだ。

人を説得して何かをやらせようとすれば、口を開く前に、自分に尋ねてみることだ。「どうすればそうしたくなる気持ちを相手に起こさせることができるか?」。こうやれば、自分勝手な無駄口を相手に聞かせずにすむはずだ。

「何かすばらしいアイデアが浮かんだ場合、そのアイデアを相手に思いつかせるようにしむけ、それを自由に料理させてみてはどうか。 相手はそれを自分のものと思い込み、二皿分も平らげるだろう。」

「きょうもまた数千のセールスマンが、十分な収入も得られず、失望して疲れはてて街を歩いている。なぜだろう—–彼らは常に自分の欲するものしか考えないからだ。われわれは、別に何も買いたいとは思っていない。それが彼らにはわかっていないのだ。われわれは、ほしいものがあれば、自分で出かけて行って買う。われわれは、自分の問題を解決することには、いつでも関心を持っている。だから、その問題を解決するのに、セールスマンの売ろうとしているものが役立つことが証明されさえすれば、こちらから進んで買う。売りつける必要はないのである。客というものは自分で買いたいのであって、売り付けられるのはいやなのだ。」

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