ブッダの逸話に学ぶ ”許される力”を身に付けることの大切さ

仕事やアルバイトをしていると、ミスをしてしまうことはあるでしょう。しかしそのことで上司や先輩に怒られてしまう人と笑って許される人がいると感じたことはないでしょうか?実はそれ、”許される力”が関係しています。

▼職場やバイト先で、こんなことってありません?

同じ上司に、Aさんはたまにミスして『大丈夫ですよ』と言ってもらえる。Bさんは『またですか、気を付けてください』と厳しく言われる。

なぜか自分ばかり怒られてしまう人、そういう人っていますよね。

▼もしあなたが”怒られやすい人”だったとしたら…

Bさんにしてみたら「不公平だ」「Aさんと私とでは、何が違うんだ」と思うことでしょう。

すぐに立ち直って挽回したいけど、やっぱり怒られたら、しばらくは落ち込んでしまうものですよね。

怒られ続けると、仕事へのやる気を失ってしまうこともあります。

それだけではなく、怒られていない時でさえ、普段からビクビクしてしまったり、誰にだってあるようなちょっとしたミスをした時にも「どうしよう」とおびえてしまいます。

では、”許される人”と”許さない人”の違いはどこにあるのでしょうか?

▼ブッダの問答はそんな素朴な問いにヒントを与えてくれる

ブッダの弟子が、ブッダに「同じように悪いことをしても、地獄に落ちる人と、そうでない人がいるのは、なぜですか」と尋ねたそうです。ブッダは、「手のひらいっぱいの塩を、茶碗の水に入れたらどうなるか」と問い返し、弟子は、「しょっぱくなります」というような返答をしました。

そう、その通り。では、その手のひらいっぱいの塩をガンジス川に投げ込んだら、ガンジス川の水は塩辛くなるだろうか?」 と、釈迦は尋ねた。「いいえ、そんなことはありません。ガンジス川の水はほとんど変わりません。」 と僧が答えると、釈迦は、これがヒントですよと答えた。

▼普段の仕事ぶりがいいから怒られない

善行をいっぱい積んだ人間は、ガンジス川の水と同じで、少しくらいの悪業では、水は塩辛くならないのです。

良いことをたくさんしている人は、多少悪いことをしたとしても、それが薄まる(罪が軽くなって地獄に落ちない)。

逆に、良いことをあまりしていない人は、悪いことをすると、それは薄まらない(罪が軽くならないから地獄に落ちる)。

普段の仕事ぶりを評価されている人ならばら、遅刻をしても「まぁ、あの人仕事ができるから…」と許される傾向がある

▼”言わなくても分かる”ということ

職場に言われたことしか出来ない人、一から十まで言わないと出来ない人っていますよね。

叱る側は多少なりとも「ここを直せば仕事がうまくいく」という理屈を持っています。

上司から見て、「言わなくても分かる」のがAさんで、「言わなきゃ分からない」のがBさん、ということかもしれません。

許されるということは、普段の仕事の出来、物事に対する分析力が認められているということなのです。

▼許される自分になるために

「嫌な上司と、叱られてばかりの自分」という固定化された関係性から離れる

永遠に怒られ続けることは絶対にないんです。怒られないためにはどうレベルアップすればよいかを必死に考え、それに応じた努力を続ければ、必ず仕事ができるようになり、同時に怒られなくなります。

一番悪いのは「怒られるから何もしない」という思考になってしまうこと。社員がそのような発想になってしまうのは会社として大きな損害ですし、怒られるのが怖いからと重大な情報を隠していることはさらに大きな事件へと繋がります。

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