【私が社長です】ヤバイほどやり手な『アパホテル社長』とは何者なのか

「私が社長です」のキャッチコピーと自信の顔を前面に押し出した広告で有名になった『アパホテル社長』元谷芙美子氏。今やアパ社長と呼ばれ、多くのメディアに引っ張りだこです。そんな『アパホテル 社長』元谷芙美子氏についてまとめました!大学進学を諦めた経歴やあの話題の広告まで、波乱万丈なアパ社長に必見です!

アパホテル社長・元谷芙美子氏のプロフィール

元谷 芙美子(もとや ふみこ、1947年7月8日 – )は、日本の実業家。アパホテル社長。歌手としても活動。旧姓・西川。

現取締役社長 元谷芙美子氏(69歳)

1971年、夫・外志雄が起業した信金開発株式会社(現アパ株式会社)の取締役を経て、1994年、アパホテル株式会社取締役社長に就任した。

元谷社長が突然「5億3,000万円くらいですかね。年間で頂いていると思うんですよ」と年収を告白したのだ。

なんでも夫である元谷外志雄氏の総資産が約2200億円で全国4位、年収は約33億で全国2位になったそう。夫婦で合わせると、羨ましい…。

アパホテル社長の苦労多き経歴とは?

1947年7月8日、福井県福井市出身

1歳の時発生した福井地震で生家が倒壊、落ちてきた観音開きになった仏壇に守られる

学校教員を夢見るも、父親が鉛中毒で倒れたため進学を断念

福井県立藤島高等学校を卒業後、福井信用金庫に入庫

労働組合の会合で、小松信用金庫に勤務していた元谷外志雄氏と知り合い結婚

1971年、外志雄が起業した信金開発株式会社(現アパ株式会社)に取締役に就任

1994年、アパホテル株式会社取締役社長に就任

2001年、法政大学人間環境学部入学、2005年卒業

早稲田大学大学院公共経営研究科に入学、2006年3月に博士号を取得

出典ameblo.jp

スポンサーとなった番組に自身が出演、歌手としての才能も持ち合わせた。

アパ社長がアップで印刷されたグッズが話題に

青のりしょうゆ味

見た目とは裏腹に美味しいそう。
非常食にも便利。

あの有名ラーメン店「麺屋武蔵」が監修したカップ麺。

こないだ行ったホテルがアパじゃないのに、アパ社長のお菓子が…。すぐに察しましたね。

もはやヤバさも感じるが、意外にもこれ欲しさに連泊するツワモノもいるそう。

そもそも始まりは車両広告や看板から始まった

この看板が多くの批判を生んだと言われています。

しかしその批判を受けて「注目されている証拠」と喜んだ。

元谷芙美子氏のヤバイエピソード

「社長就任会見の時に『ホテル界のジャンヌ・ダルク』でいたい、と宣言」
「『下へまいりまーす!』と、『エレベーターガール』ならぬ『エレベーターオバサン』を演ずる」

めんどくさいおばさまにいそうなタイプ

「夕方、部下と一緒に営業先を訪れ、キーパーソンが不在とのことで、深夜まで待たせてもらうことになった。待つ間、寿司をおごってもらったお礼に元谷社長が歌を披露することになり『カラオケ独演会』状態に。夜中に物件を案内し、契約が終わって帰路についたのは明け方の5時のことだった」

部下にとってはパワハラ寸前では?と思うほどのパワフルさ

一度は耐震強度偽装問題で窮地に立たされる事も

アパホテルが運営する京都市内の二つのホテルで耐震強度の不足による使用禁止の勧告を京都市から受けたことについて、アパグループの元谷外志雄代表とアパホテルの元谷芙美子社長が、報道陣の前で深々と頭を下げた。

現在のアパ株式会社、事業はどこまで展開されているのか?

都市開発(マンション、ホテル、テナントビル、アーバン・リゾート)事業
総合建設(企画、設計、建設)事業
総合不動産(開発、売買、仲介、賃貸、鑑定)事業
ホテル・チェーン、レストラン・チェーン、レジャー産業運営事業
総合金融業(住宅ローン、事業者ローン、
証券担保ローン、リース・レンタル)
不動産証券化事業 総合ビル管理事業 月刊「アップルタウン」発行

もともとマンション事業から始まった会社

アパホテルCM集

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