マニュアル至上主義?臨機応変な対応ができない若者急増中。

マニュアルも完璧なものはない。「ロジカルシンキング」だけで、すべてをまかなおうとするのが野暮天で、状況によって柔軟に「ラテラルシンキング」とを使い分けられるなら粋。

世の中のコミュニケーションがオソマツになっているのではないか?

マニュアルは必要にしてもマニュアルを超える「そもそも何が目的?」を考えられると「粋になる」

ファーストフード業界は完璧に近いマニュアルをお持ちのようである。国内では同じ接客を受ける。海外でも同じ商品は同じ味。つまり,パテの焼き方から,ポテトの揚げ具合などを細かく規定している

「ここで飲みます」と最初に断ってからオーダーを始めたのですが、一通り話が終わってから、「こちらでお召し上がりになりますか?」と訊ねられる(「最初に言ってるだろう・・・」と思いつつ)。

バイト、パートや派遣など、低廉な時給で雇用され、本人自身に当事者意識がほとんどないまま、現場に立たされている、その人自身の不運もあるように思うことが少なくありません。

接客しているのはアルバイトで、暗記した通りにしているだけというのは分かっています。が同じ店でも妙齢の女性など大人が接客されるときには、まず100%この種の「スルー」は経験したことがない。

飲食店だけではない、Wifiのベンダーから果ては自動車の営業まで、マニュアル通りクン、マニュアル通りさんの類と片手を超えるくらい立て続けに遭遇、これはいったい何なのだろう、と思ったものです。

現在の日本ではこのマニュアル原則至上主義がまかり通っています。マニュアルがなければ判断が付かない。

そもそも・・・。

マニュアルもキチンと覚えられないようなやつにまともな仕事なんかできるわけがない

マニュアルは短期間の教育でスタッフを指示通りに動かす実に便利なものである。一方、そのような教育を受けたスタッフは「マニュアルに書かれてあることはするが、書かれていないことをすることはない」といった行動をとりやすい。

法律とまで行かなくても、フランチャイズで採用されているマニュアルは、いわば、ロジカルシンキングの賜(たまもの)です。

マニュアルによって、考え方が違う人が集まっても均一の統制が取れた考え方ができます。常にPDCAサイクルを回しつつロジカルシンキングで問題点を消して効率化してゆく。だから、チェーン店ではマニュアルを作り込むことで、どの店に行っても均一のサービスが受けられるのです。しかし、例外を認めてしまうと分岐が多すぎて対応できない。たくさんの例外は、ロジカルシンキングには適さないのです。

社内研修、教育等ではマニュアルに書かれてあることを忠実に実行できることを第一に据えるものの、「なぜそうするのか」、「どのように応用すればよいのか」に関して十分に討議する時間は取られていないのではないだろうか。スタッフはマニュアル通りに動きさえすれば良い評価が得られると勘違いし、その結果、余計な事は何も考えない「マニュアル人間」を大量に生み出すことになる。

そこで・・・。

マニュアル読むときには「作った人は、なぜ、こういうルールにしたのだろう?」という素朴な疑問によって、ラテラルシンキングは鍛えられます。

企業の立場にたち、あるいは顧客の観点に立つなら、待遇云々はブラックボックス、顧客サービスとして低劣であれば、そのまま企業イメージの明確な低下に直結するのは間違いない

人件費を抑えたつもりで、実は企業として一番大切な信用を失い、お客が離れて行ってしまう、そういう事態を醸し出している可能性がある

完璧なものはないんです。

完璧なソフトウエアが無いことは世間で認知されているようである。マニュアルも完璧なものはない。

マニュアル時代に完璧なマニュアルがない。なかなか恐ろしい話である。確かにマニュアルと現実が相違して問題となることが多々ある。間違っていたら,ソフト同様にアップデートが必要である。誰が何時,アップデートするか。それが問題である。

我が国は秘伝の書である。マニュアルは隠すところに価値がある。しかも,最後は奥伝,一子相伝,口伝,または「見て覚えろ」という文化である。

この間まで技術は形式知化されておらず,経験からコツとカンを養うOJTが主流であった。つまり,マニュアルとは嫡子の正当性を表すものであり,丁稚の目には触れていけないもの,または触れても意味が分からないものであった。

現場が生産手順を変えて生産効率を上げたり品質を向上したりした。だから,マニュアル通りに作業しないことが自慢であった。この暗黙知を形式知化し,作業員で共有してきたことが,近年の日本式生産システムの強みである。つまり,QC活動に代表されるサークル活動である。現場発信の継続的なマニュアル改変のシステム化

良好なサークルは糠床。そこで熟成されたマニュアルは味が浸み込んだ糠漬けである。日本の現場力を活かす。それを考えると,この熟成型のシステム化が大事である。マニュアル至上主義でもなく,「見て覚えろ」式でもない。そして,熟成型はマニュアル自体というよりも,糠床に真の価値がある。

芸ごとには「守・破・離」という考えがある。まずは師匠の教えを守って型を覚える 守
その型に疑問を持ち、これを打ち破ろうとするあるいは新しい型を作ろうとする 破
今までに修得した様々な型から自由になって臨機応変に振る舞える 離

企業の本当の実力は緊急事態が発生した時にその企業がどう対応したかで分かるものであり、上辺だけの対応はすぐに馬脚が露呈する。また、それが怖いのは、その時に対応した社員のたまたまの行動でその企業の評価が下されてしまうからである。そうならない為にも一人一人の社員へのきめ細かい教育もさることながら、現場社員に緊急時の権限委譲をある程度認めるルール作りが求められるのではないか。そして、その結果がどうであれ全ての責任はトップが引き受けるという強いリーダーシップが必要条件である

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